三国志その後(晋建国~三国統一)

竹林の七賢とは? ニートでも隠者でもない自由と反体制の男たち!

魏の末期、言いたいことも言えない時代に、自由に生きようとしたのが竹林の七賢なのです。
その他

蜀の滅亡の戦犯は誰だ? ~あえて姜維を弁護してみる~

滅亡してしまった蜀漢。一体誰が原因で滅んだのかを、陳寿は考え、羅憲に問うのだが…。
三国志その後(蜀滅亡まで)

蜀二代皇帝劉禅が家臣を驚愕させた問題発言とは? 蜀滅亡の後日談

劉備が創り、諸葛亮が守った蜀の国がついに滅亡。家臣団をよそに、劉禅は魏の国を満喫する。
三国志その後(蜀滅亡まで)

後期三国志最大の謎~鍾会の乱は何故起こり、何故失敗したか?

蜀を滅ぼした魏であったが、遠征軍の鍾会と鄧艾とが対立。一方、蜀の姜維は対立を利用して、蜀の再興を企むが…。
三国志その後(蜀滅亡まで)

蜀の滅亡~魏蜀最終決戦はいかに始まり、劉禅はいかに諦めたか?

蜀では、成都の朝廷と、漢中の幕府との距離が開いていった。一方、皇帝を弑逆した魏の司馬昭は、蜀攻略を成功させて政権の建て直しを狙う。
三国志その後(蜀滅亡まで)

魏国皇帝殺害事件~曹髦は何故に殺され、司馬昭は何に蓋をしたか?

劉禅が大将軍姜維を遠ざけ、孫休が丞相孫綝を誅殺した頃、魏の曹髦も親政を目指したのだが…。
三国志その後(蜀滅亡まで)

諸葛亮の子諸葛瞻はなぜ宦官黄皓の専横をゆるしたのか?~蜀漢の末期

蜀は諸葛亮の死後も内政は安定していたが、諸葛亮の子諸葛瞻が、宦官黄皓に隙を与えてしまう…
三国志その後(蜀滅亡まで)

孫権の子供と親戚の子の暗闘~孫亮、孫休そして孫綝

孫権の死後、権力闘争を勝ち上がった孫峻が急死。その後継には従弟の孫綝が指名された…。
三国志その後(蜀滅亡まで)

諸葛家の犬の冒険~窮した犬は飼い主を噛む?~諸葛誕の乱

諸葛亮の族弟である諸葛誕は、呉と同盟を結び、司馬昭に反乱を起こすのだが…。
三国志その後(蜀滅亡まで)

晋王朝の鼓動~若き日の羊祜や賈充はどんな形で司馬家に仕えたのか?

魏では執政であった司馬師が急死。弟の司馬昭は不満分子を政権に吸収しようと試みるが…。
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