広告




蜀二代皇帝劉禅が家臣を驚愕させた問題発言とは? 蜀滅亡の後日談

 にほんブログ村 歴史ブログ 三国志(歴史)へ

 劉備りゅうびが創り、諸葛亮しょかつりょうが守った蜀の国がついに滅亡。それでも戦い続ける家臣団をよそに、二代皇帝劉禅りゅうぜんは魏の国を満喫する。

三国志 55巻 | 横山 光輝 | 無料まんが・試し読みが豊富!ebookjapan|まんが(漫画)・電子書籍をお得に買うなら、無料で読むならebookjapan
三国志 55巻。無料本・試し読みあり!建威を攻め取った孔明は、三たび祁山へ進出した。対する魏では、仲達が大都督となり、孔明との直接対決に臨む。孔明にことごとく策を読まれ、打撃を受けた仲達は、守りを固めて陣から出てこなくなった。打つ手の...まんがをお得に買うなら、無料で読むなら、品揃え世界最大級のまんが・電子書籍販売サ...

永安防衛戦

 景元5年(264)1月。成都せいと陥落のニュースが、呉の国境の永安(白帝城えいあん はくていじょう)に届いた。

羅憲
羅憲

うろたえるな! まだ、どうなるかは分からない

 永安城を守っていた羅憲らけんはデマの首謀者を斬り、混乱を収拾。その後、正式に劉禅降伏の知らせが入ったため、三日間喪に服す。

 そこに呉の使者がやってきた。

盛憲
盛憲

我らは同盟国じゃないか。永安ごと呉の仲間になろうよ

羅憲
羅憲

蜀が滅びれば呉も長くは持たない。我らは成都の指示を待つ

 呉を信用できずに追い返した羅憲は、永安城の補修を行った。

 同年2月。鍾会、姜維、鄧艾しょうかい きょうい とうがいらが死亡したニュースが届く。

孫休
孫休

今がチャンスです! 永安を取れば蜀を我々のものにできますよ

 呉の皇帝孫休そんきゅうは撫軍将軍歩協ほきょうを送り、永安城を包囲した。

歩協
歩協

国は滅びたのだ。何のために戦う?

羅憲
羅憲

ここは劉備様の亡くなられた城。呉の連中には渡さんぞ!

 羅憲は歩協の軍を破るとともに、魏の安東将軍陳騫ちんけんに救援の使者を送った。

 対する呉は鎮軍将軍陸抗りくこうら3万の兵を増援し、城を取り囲んで持久戦に入った。

劉禅、洛陽へ行く

 景元5年(264)3月。鍾会の乱の始末も終わり、劉禅は成都を後にした。

賈充
賈充

さあ、洛陽に向かいましょう。司馬昭様がお待ちです

劉禅
劉禅

儀礼を知る者がいなくなった。

洛陽では、どうしたものか…

郤正
郤正

劉禅様に恥をかかせる訳にはいきません。私もお伴します

 秘書令の郤正げきせいは妻子を成都に置いたまま、劉禅とともに洛陽へ向かった。

 なお、蜀の安南将軍霍弋かくよくは、この時やっと魏に降伏した。

霍弋
霍弋

劉禅様が南にいらっしゃるかもとお待ちしていたが…

賈充
賈充

忠臣だな。今後も南方の統治は任せるぞ

 話戻って、洛陽についた劉禅は魏の皇帝曹奐そうかん相国しょうこく司馬昭しばしょうに会った。

劉禅
劉禅

いろいろありましたが、今後は洛陽でご厄介になります

司馬昭
司馬昭

こちらこそよろしく。あなたには安楽公の爵位をご用意しています

劉禅
劉禅

郤正の言った通り話したら恥をかかずにすんだぞ!

郤正
郤正

いえ、当然のことをしたまでです

劉禅
劉禅

私は郤正を知るのが遅すぎた。本当は、もっと知らなければならないことが沢山あったのかもな…

国破れて羅憲あり

 景元5年(264)3月、司馬昭は晋王の位に就く。

司馬昭
司馬昭

さあ、これから新しい制度や法律を決めていかなくちゃ!

賈充
賈充

時間がいくらあっても足りません

 同年7月。永安で羅憲は戦い続けていた。

兵に疫病が広まっています。もはや呉に降伏すべきです

羅憲
羅憲

永安の民衆は我らを支持している。彼らの期待を裏切るわけにはいかない

 一方、ようやく魏の荊州刺史胡烈これつが呉に向かって進軍を開始。

陸抗
陸抗

西陵に魏軍が向かっているだと!

歩協
歩協

永安ごときに構っている訳にはいかない。撤退だ!

 呉軍は迎撃に向かい、結果として永安は解放された。

羅憲
羅憲

何とか、呉に火事場泥棒されるのだけは防げた…

助けようのない阿斗

 また話戻って洛陽。

司馬昭
司馬昭

今日は劉禅殿と食事会だ。BGMは蜀の音楽にしてくれ

賈充
賈充

よい趣向かと思います

 ところが蜀の音楽を聞いた劉禅の家臣たちは泣き出してしまった。

司馬昭
司馬昭

これは一体どうした?

郤正
郤正

申し訳ありません。故郷を思い出して、つい涙が…

賈充
賈充

逆に、劉禅殿はなぜ泣かないのですか?

劉禅
劉禅

私は洛陽が楽しいので、悲しいことなど少しもありません

 数日後、司馬昭はまた劉禅と食事をした。

 その際、蜀の音楽が流れると、急に劉禅が泣き始めた。

司馬昭
司馬昭

どうかしましたか?

劉禅
劉禅

申し訳ない。故郷を思い出して、つい涙が…

司馬昭
司馬昭

それは先日、郤正殿が言ったのと同じ台詞…!

劉禅
劉禅

やや、ばれましたか

司馬昭
司馬昭

諸葛亮や姜維がいくら頑張っても、蜀がどうにもならなかった理由が分かったよ

賈充
賈充

だからこそ司馬昭様が蜀を取れたのです。感謝すべきかと

蜀家臣団の推挙

 永安7年(264年)7月25日呉の首都建業けんぎょう

孫休
孫休

城ひとつ取れないとは…!

 永安を取れなかったのがショックだったのか、呉の皇帝孫休が死亡した。

濮陽興
濮陽興

孫休様は我が子に跡を継がせたかったようだが…

張布
張布

まだ十歳の子供ではどうにもならない

 かくして、孫和そんわの子孫晧そんこうが呉の第四代皇帝に即位する。

孫晧
孫晧

待っていたぜ、復讐のこの時を!

 泰始2年(266)永安を守った功績で、羅憲は洛陽に呼び出される。

賈充
賈充

そなたのような者が蜀にいたとは

羅憲
羅憲

私より優れた者は、蜀に沢山おります

 羅憲は陳寿ちんじゅ諸葛京しょかつけい(諸葛亮の孫)など多くの蜀の旧臣を推挙。官途に復帰させた。

陳寿
陳寿

兄弟子! 左遷されたにも関わらず、これだけの頑張り! 感動しました

羅憲
羅憲

永安城は左遷じゃない!

陳寿
陳寿

しかし、なぜ劉禅様は私たちを推挙してくれなかったのでしょうか?

羅憲
羅憲

身近にいた郤正殿すら、よく知らなかったようだからな。

我らのことは名も知らぬかも…

陳寿
陳寿

なるほど、なるほど。救いようのないダメ君主であると…

羅憲
羅憲

こら、メモするな! 私はそんなこと言ってないぞ

諸葛亮の墓に花束を

 その後、羅憲は任地に戻ることとなり、旧主劉禅に挨拶へ向かった。

羅憲
羅憲

劉禅様、お変わりないようで安心いたしました。これより再び蜀へ戻ります

劉禅
劉禅

そうか。一つお願いがある、よいか?

羅憲
羅憲

はい、喜んで! どのようなことでしょうか?

劉禅
劉禅

漢中に立ち寄ったら諸葛亮の墓に花を手向けてほしい

羅憲
羅憲

分かりました。墓が隠れるほどの花を手向けましょう

劉禅
劉禅

頼む。わしは墓参りに行けなそうだからな

三国志 Three Kingdoms #95 司馬氏、天下を統一す
曹叡の体調は悪化の一途を辿っていた。軍の統率権を奪われた司馬懿は、官職を辞すると共に、部下の職も解き、セイシュと結婚する…

 つづく。

コメント

タイトルとURLをコピーしました