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諸葛家の犬の冒険~窮した犬は飼い主を噛む?~諸葛誕の乱

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 諸葛亮しょかつりょうの族弟である諸葛誕しょかつたんは、魏の国の中で反司馬一族の陣営にいました。そのため、徐々に追い込まれた諸葛誕は、呉と同盟を結び、司馬昭しばしょうに反乱を起こすのですが…。

三国志 ~司馬懿 軍師連盟~
司馬懿 (しばい) は華佗 (かだ) を呼び、妻・張春華 (ちょうしゅんか) の出産に立ち会わせる。難産のため、華佗が腹を開き出産させるも、母子ともに健康。司馬家は喜びに包まれた。その後、校事府の者に呼ばれ華佗は司空府へ曹操 (そうそう) の病の診察へ向かう。

諸葛誕~犬と呼ばれた男

 魏に諸葛誕が仕官した時、人々は『蜀は竜を、呉は虎を、魏は犬を得た』と語ったそうです。

諸葛亮
諸葛亮

私、諸葛亮が竜です

諸葛瑾
諸葛瑾

私、諸葛瑾が虎です

諸葛誕
諸葛誕

なんで私がなんだ!

 諸葛誕は、当時最高の文人である夏侯玄かこうげんと同じくらいの名声を持ち、四聡八達の一人と呼ばれたりしましたが…。

曹叡
曹叡

諸葛誕は画餅だ。名声ばかりで実務に使えない

諸葛誕
諸葛誕

そんな、ひどい…

 魏の二代目皇帝曹叡そうえい絵に描いた餅という現代まで残る名言でディスられ、一時干されます。

夏侯玄
夏侯玄

仕事はできないけど、いいやつだとは思うんだよね

諸葛誕
諸葛誕

いや、仕事もできるよ!

 曹叡の死後、友人の夏侯玄の推薦により出世コースに戻ります。

 その後、司馬家とも縁戚があったため、曹爽そうそうや夏侯玄が失脚した後も、諸葛誕は呉の最前線に立ち続けました。

 しかし、呉の国の代替わりの際に呉に攻めこみ、呉の執政諸葛恪しょかつかくに敗れてしまいます。

司馬師
司馬師

やはり無能! 毌丘倹と部署替えだ

諸葛誕
諸葛誕

一度失敗しただけじゃないか!

 その後、後任の毌丘倹かんきゅうけんが反乱を起こしたため、諸葛誕は再び淮南の総司令官となり、征東大将軍にまで出世しますが…。

賈充
賈充

諸葛誕なんて脅かせば言うことをきくだろう

 司馬昭の側近賈充かじゅうに軽く見られ、淮南の兵を渡し、司馬家に従えと圧力をかけられます。

私とて諸葛家の男だ。

犬などとは呼ばせん!

 かくして諸葛誕は反乱を起こす事になるのでした。

呉軍の救援~帰ってきた文欽

 呉では執政孫峻そんしゅんが急逝した後、その従弟である孫綝そんちんが政府を牛耳っていました。

孫綝
孫綝

魏の諸葛誕から援軍要請がきてるんだよね

文欽
文欽

そりゃ面白い! 私が行きます

よっしゃ! また暴れるぜ!!

 諸葛誕は、息子の諸葛靚を派遣し、援軍を要請。

 これを受けて、呉の国は三万人の軍勢を派遣します。

司馬昭
司馬昭

ここに至っては仕方ない。

僕自ら諸葛誕を討つ!

鍾会
鍾会

皇帝陛下と皇太后陛下も連れていきましょう。留守中、心配です

 司馬昭は皇帝・皇太后を引き連れて26万人の大軍で諸葛誕討伐に向かいました。

 対する諸葛誕は10万人以上の大軍で寿春じゅしゅんに籠城し、さらに呉軍を迎えるのですが…。

文欽
文欽

久しぶりだな、犬! 助けに来てやったぞ

諸葛誕
諸葛誕

げげ、文欽! なんでお前が…

 諸葛誕が苦手としていた文欽ぶんきん(かつて魏の国にいた将軍)とその子文鴦ぶんおうが、呉からの救援軍としてやってきたのでした。

司馬昭
司馬昭

さて、両軍ともかなりの大軍…。どうしたものか

賈充
賈充

敵は多勢。寿春を包囲し、食料難に陥れるべきです

 対する司馬昭軍は、大軍で寿春の城を取り囲み、諸葛誕の軍を外部と接触できないようにして、兵糧攻めをしかけました。

寿春陥落~犬の限界

 取り囲まれた寿春城内では、食料が劇的に消費されます。

よし、犬! 俺が包囲網を破ってやる!

犬っていうな!

文鴦
文鴦

よっしゃ! いくぞ!!

この程度の攻撃で、我が軍が崩せるとでも思っているのか!

 諸葛誕軍からは、文欽が度重なる攻撃をしかけますが、司馬昭の陣営はまったく揺らぎません。

 城外からも呉の大都督朱異しゅいが攻撃を仕掛けますが、敗れた上に食料を焼かれてしまう有様でした。

孫綝
孫綝

勝ち目はなさそうだ。せっかくだから朱異を粛清しておこう

 呉の総大将孫綝は、戦いの最中に政敵の朱異を粛清。さらに呉の軍は撤退してしまいます。

蒋班
蒋班

呉が撤退しました! かくなる上は包囲の一ヶ所を総攻撃で突き崩すしかありません

文欽
文欽

そんなことをすれば兵がたくさん死ぬ。

の部下どもは、戦いを知らん!

 文欽の反対により総攻撃は中止。窮余の一策を退けられた諸葛誕の副将蒋班しょうはんは、司馬昭に投降してしまいました。

鍾会
鍾会

思った以上に寿春城内は混乱している。今こそ俺の出番だな…

全懌
全懌

えっ! うちの一族が孫綝に粛清された?!

 司馬昭の側近鍾会しょうかいの策で、呉の援軍である全懌ぜんえきに嘘情報を伝え、全懌の軍数千人を投降させました。

 そして、年が明けて甘露3年(258)。

文鴦
文鴦

よし、今年こそ大暴れするぞ!

文欽
文欽

よし、犬! 魏の兵を城外に追い払って呉の兵だけで戦うぞ!

諸葛誕
諸葛誕

うるさい! 犬っていうな

お前なんかいらない!

 元々仲の悪かった諸葛誕は、意見の合わなくなった文欽を処分します。

文鴦
文鴦

親父がヤられた。助けてくれ!

鍾会
鍾会

受け入れましょう。裏切り者の文鴦も許されたとなれば、敵の崩壊は必至…

司馬昭
司馬昭

よし、文鴦、君も仲間だ!

すぐに寿春攻撃に加わってくれ!

 かつて司馬昭の兄司馬師しばしを冥途に送った文鴦ぶんおうの降伏が許されたと噂が流れると、諸葛誕の陣営からは投降者が続出しました。

諸葛誕
諸葛誕

もはや、ここまでか。

文欽さえ来なければ…

 諸葛誕は包囲を抜けるために撃って出ましたが、結局、司馬昭に討たれてしまいました。その後、諸葛誕の一族はほぼすべて処刑されます。

 司馬昭は寛容さを見せつけるため、諸葛誕以外の者たちを許そうとしましたが、降伏しようとしなかったものが多くいたそうです。

乱が終わった後、数百人も諸葛誕のために亡くなった人がいたらしいけど…

陳寿
陳寿

淮南はもともと反乱の多い地域でした。この地域の人々の心を、諸葛誕はうまくつかんでいたようですね

じゃあ、諸葛誕は絵にかいた餅じゃなかったんだね!

陳寿
陳寿

確かに人望はあったし、戦略も悪くないと思います。ただし、実際の戦闘では見るべきところがありません。やはり、という評価が正しいのではないでしょうか…

キングダム
紀元前245年、春秋戦国時代、中華・西方の国「秦」。戦災孤児の少年の信と漂は、いつか天下の大将軍になることを夢見て日々剣術の鍛練を積んでいた。ある日、漂は王都の大臣である昌文君によって召し上げられ王宮へ。信と漂の二人は別の道を歩むことになる…。王宮では王の弟・成蟜によるクーデターが勃発。戦いの最中、漂は致命傷を負うが、...

 つづく。

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