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蜀の滅亡~魏蜀最終決戦はいかに始まり、劉禅はいかに諦めたか?

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 蜀では、成都せいとにいる劉禅りゅうぜんの朝廷と、漢中かんちゅうにいる姜維きょういとの距離がどんどん開いていった。一方、皇帝を弑逆した魏の司馬昭しばしょうは、蜀攻略を成功させて政権の建て直しを狙うが…。

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三国志 60巻。無料本・試し読みあり!孔明亡き後、蜀魏を取り巻く状況は混迷していた。孔明という支柱を失った蜀では国力が低下し、内乱状態が続いていた。一方、曹叡の没後、魏の権力争いに巻きこまれた仲達はクーデターを成し遂げ、司馬一族の力を...まんがをお得に買うなら、無料で読むなら、品揃え世界最大級のまんが・電子書籍販売サ...

鍾会の心は皆知る?

 魏では曹髦そうぼうの死後、曹操そうそうの孫曹奐そうかんが皇帝として即位した。

山濤
山濤

嵆康、すまん。そなたの子どもはワシがしっかり面倒みるぞ…

嵆康
嵆康

鍾会め、私を近付いてきたのは殺すためだったのか?

それとも何を企んでいるのだ…

 反司馬家の流れを止めようと、司馬昭は竹林の七賢のリーダーである嵆康けいこうを処刑した。

賈充
賈充

とりあえず、うるさい奴は黙らせましたが…

司馬昭
司馬昭

やはり曹家に対する忠誠は強い。まだまだ反発も残っている

鍾会
鍾会

こうなれば外征こそが起死回生のチャンス。私に蜀を滅ぼす策があります

司馬昭
司馬昭

確かにそれくらいのインパクトがないと、より支持を集めることはできないか…

 司馬昭は鍾会しょうかいを鎮西将軍・仮節・都督関中諸軍事に任命し、遠征軍を編成させた。

 その際、鍾会の副官である鎮西長史になったのが、後の征南大将軍杜預とよである。

羊祜
羊祜

鍾会は遠征成功したら裏切るつもりだろうって、うちの叔母上が言ってたよ

杜預
杜預

本当に! 辛憲英様が言ったの?

羊祜
羊祜

あとアイツ、マジキチのガチホモだから、気をつけて

杜預
杜預

いや、それは聞きたくなかったよ

  この頃、鍾会の挙動がおかしいのは勘のいい人なら気づいていたようで、竹林の七賢の一人、王戎おうじゅうは直接本人に忠告した。

王戎
王戎

蜀に勝つのは簡単だが、その後が難しいぞ

鍾会
鍾会

安心しろ、全ては計算済みだ

 また、司馬昭の側近邵悌しょうていも鍾会の危険性を注進していたが…。

司馬昭
司馬昭

蜀討伐は鍾会の知恵が必要です。討伐後に鍾会が裏切った所で、誰も従いませんよ

諸葛亮の遺産剣閣城

 その頃、姜維は魏が大軍を編成しているのを察知し、成都に援軍を要請したが…。

黄皓
黄皓

占いの結果によると、我が国に影響はないようです

劉禅
劉禅

そうか。それはよかった

諸葛瞻
諸葛瞻

噂では船をたくさん作っているそうなので、呉に攻めこむのではないかと

 オカルト&デマに惑わされ、すぐに漢中へ援軍を送らなかった。

 一方、魏軍は、鍾会が駱谷方面から、鄧艾とうがいが沓中方面から、諸葛緒しょかつしょが橋頭方面からと、漢中を多方面から攻め込んでいった。

鄧艾
鄧艾

援軍はまだ来ない。今のうちに姜維を討て!

姜維
姜維

我らだけでは止められん。一旦、剣閣城まで撤退だ

 鄧艾に敗れ、諸葛緒に退路を防がれそうになりながらも、姜維は撤退に成功した。

張翼
張翼

姜維殿、遅くなりました

姜維
姜維

よく来てくれた! 皆がいれば、どれほどの大軍も恐れるに足りん

 姜維はようやく来た張翼・廖化・董厥ちょうよく りょうか とうけつらと合流。そのまま剣閣けんかくへ籠城した。

鄧艾
鄧艾

諸葛緒が姜維を逃してしまったようだが…

鍾会
鍾会

諸葛緒はすでに処断した。

私の大軍をもってすれば姜維など赤子の手をひねるようなものだ

 しかし、魏軍の度重なる猛攻を剣閣城の蜀軍は全て払いのけた。

 さらに姜維が整備し直した軍事拠点の漢城・楽城を落とすこともできなかった。

鄧艾
鄧艾

このままではいかん。我が軍が横道を抜け、蜀の中心を攻める。

さすれば剣閣より姜維も出てこざるえまい!

賈充
賈充

鄧艾から直接こちらに書状が届いております

司馬昭
司馬昭

面白い! 全滅するかもしれないけど、やらせてみよう

 かくして、司馬昭の許可を得て、鄧艾率いる別動隊が山道を抜けて成都へ向かった。

劉禅の諦め

 魏軍が来るという情報はばいに滞陣していた諸葛瞻しょかつせんに伝わったが…

黄崇
黄崇

魏軍が山から降りる前に攻撃すべきです

諸葛瞻
諸葛瞻

鄧艾は何度も姜維殿を退けた名将。安易な攻撃は逆に危険だ

 諸葛瞻は涪を捨て、綿竹めんちくへ移動して籠城策をとる。

諸葛尚
諸葛尚

とっとと黄皓を斬っておけば、ここまで追い詰められることもなかったのに!

諸葛瞻
諸葛瞻

いや、黄皓はただの宦官に過ぎない。こうなったのは我らの責任だ

諸葛尚
諸葛尚

おやじ…!

諸葛瞻
諸葛瞻

あとは諸葛家の名前に恥じぬよう、ここを死に場所として戦うまで!

鄧艾
鄧艾

その心意気はよし! しかし、実力が足りん

 諸葛瞻は何度か攻撃を耐えたが、やはり歴戦の鄧艾に勝てなかった。

 諸葛瞻・諸葛尚しょかつしょう(諸葛瞻の子)・張遵ちょうじゅん張飛ちょうひの孫)・黄崇こうすう黄権こうけんの子)など主だった者が戦死し、綿竹は落城した。

劉禅
劉禅

諸葛瞻が死んだ…!

樊建
樊建

陛下、もはや成都を捨てて南方へ向かうか、同盟国の呉に行くしかありません!

譙周
譙周

いや、南方は反乱が多く、陛下の安心できる場所ではありません。

呉に行けば、徒に辱めを受けるだけです

劉禅
劉禅

ではどうすれば…

譙周
譙周

陛下と国民の命を救うためには、すぐに魏軍に降伏することです

劉禅
劉禅

なるほど。進んで降伏すれば魏軍も悪いようにはしないか…

黄皓
黄皓

よろしいのですか、陛下…

劉禅
劉禅

元より我が国は諸葛亮が作った国だ。諸葛亮の子と孫が死んで、国が残るのもおかしかろう

 かくして、劉禅は鄧艾の軍勢と一戦も交えることなく降伏。これにより劉備が作った蜀の国は二代42年で幕を閉じた。

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 つづく。

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