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【皇帝弑逆】晋の重臣賈充はなぜ、伐呉に反対し続けるのか?【賈逵の子】

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 西晋は呉討伐軍の大都督(総司令官)に重臣である賈充かじゅうを任命しました。

 しかし、賈充は司令官に任命された後も、呉の国を亡ぼすことを嫌がりました。

賈充といえば羊祜や杜預の足を引っ張る悪い奴という印象だけど…

陳寿
陳寿

賈充は晋の国を創った功臣ですが、皇帝弑逆を行ったり、朝廷内で派閥を作ったり、問題の多い人ですからね…

賈充
賈充

ちょっと待ってくれよ。いろいろと理由があるんだよ!

理由? 呉から賄賂をもらってたの?

陳寿
陳寿

では、賈充の父、賈逵の経歴から見ていきましょう

 今回は、魏の逆臣にして、西晋の功臣賈充の紹介です。

賈充の父賈逵の半生

 賈充の父賈逵かきは、後漢王朝に仕えると、戦いで名を挙げて曹操そうそうの目に留ります。

賈充
賈充

父の賈逵は自他ともに厳しく、曹操様に気に入られました

自他ともに厳しいって、どういうことをしたの?

賈充
賈充

分かりやすいところでいうと…

賈逵の逸話

 賈逵が曹操の葬儀委員長をつとめた時、曹操の四男曹彰そうしょうに印璽の場所を聞かれた際。

曹彰
曹彰

賈逵! 親父のハンコはどこにある?

賈逵
賈逵

曹操様の後継ぎ以外に、ハンコはお渡しできません!

 賈逵は、重要文書を作れる印璽を、曹操の息子であっても渡しませんでした。

 また、曹操の後を継いだ曹丕そうひと一緒に行軍し、列が乱れた際。

賈逵
賈逵

列を乱す者は、たたっきります!

 列を乱した兵士をすぐに切り捨てました。

 さらに呉への遠征を諫め、逮捕された際。

賈逵
賈逵

きちんと私を縛りなさい! 私の罪を増やす気ですか!!

 高官である賈逵にびびる獄吏に対し、他の囚人と同じ扱いにするように訴えました。

すげえ、面倒くさいおっさん…

賈充
賈充

しかし、風紀委員みたいな態度が、曹操様や曹丕様には好かれたんです

 曹操は賈逵を『二千石の鑑』、曹丕は『真の刺史』と褒めました。

曹操
曹操

みんな、賈逵みたいだったら、上に立つ者としては楽だな

曹丕
曹丕

親父、珍しく同意見だ! 賈逵なら任せて安心だぜ

 また、賈逵は汚職を許さず、盗賊も厳しく捕まえたため、民百姓には慕われました。

百姓
百姓

賈逵様をぬっころすなら、ワシらもぬっころしてくれ

賈逵と曹休

 しかし、曹叡そうえいの代に賈逵が豫州刺史となると、隣の揚州都督曹休そうきゅうと対立しました。

曹休
曹休

呉の将軍が寝返るそうだ! 呉に攻めるから、賈逵も援護してくれ

賈逵
賈逵

その話、罠ではありませんか?!

 曹休は呉に果敢に攻め込みますが、離反の約束をしていた呉の周魴しゅうほうは裏切らず、曹休は敵地で孤立します。

曹休
曹休

ぎゃー!! 誰か助けてくれ

賈逵
賈逵

やはり罠だったか…。仕方ない、助けに行きましょう!

 なんとか賈逵の援軍が間に合い、曹休は助かりますが…。

曹休
曹休

賈逵の援軍が遅くて勝機を逃した!

賈逵
賈逵

なんですと! せっかく頑張って助けたのに

 曹休は敗戦を賈逵のせいにしてしまいます。

曹叡
曹叡

前線のことは、洛陽では判断が付きかねる。二人とも罪には問わん

 結局、賈逵も孫休も罪に問われることも、賞されることもありませんでした。

賈逵
賈逵

曹休は皇族の上、仲間も多い。私ではどうにもできないのか…!

 その年のうちに、賈逵は亡くなりました。

 亡くなった後、豫州の民は賈逵のために祠を作りました。

曹叡
曹叡

賈逵の名は死しても朽ちぬ。世に知らしめよ

 賈逵の祠の前を通った曹叡によって、賈逵は業績を称えられました。

賈充
賈充

私の父賈逵は、トップにも民にも好かれたのですが、同僚からのウケが悪くて孤立してしまったのです

そういう人っているよね~

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賈充の半生

賈充
賈充

父の亡くなった後、私は時の大将軍である曹爽の派閥に入ります

お父さんの二の轍を踏まないようにしたんだね

 賈充は曹爽そうそう派の何晏かあんの推挙で仕官しましたが、司馬懿しばいのクーデターで曹爽が滅亡し、賈充も一時退官しました。

賈充
賈充

ところが曹爽が失脚し、私は妻の父である李豊の派閥に入りますが…

あ、いやな予感しかしない!

陳寿
陳寿

その通り! 李豊は司馬師に断罪されてしまいます

派閥入っても、全然ダメじゃん!

賈充
賈充

実は私、こういうの苦手なんですよ

司馬氏の一味となる

 賈充の舅である李豊りほうが失脚した後、賈充の能力を評価していた司馬師しばしは、賈充を自分の部下とします。

司馬師
司馬師

賈充、過去を捨て去るなら俺たちの仲間にしてやってもいいぞ

賈充
賈充

はい、お願いします

司馬昭
司馬昭

僕たちは仲間だ、よろしくね!

 その後、司馬師が病気で亡くなると、賈充は後を継いだ司馬昭しばしょうの側近となります。

司馬昭様、どうされました?

司馬昭
司馬昭

司馬師兄さんが亡くなって、みんなが僕を認めてくれるか、心配なんだ(ドキドキ)

賈充
賈充

分かりました、私が聞いてみましょう

 賈充は、征東大将軍であり、かつて同じ曹爽派だった諸葛誕しょかつたんに、司馬氏の派閥に入るように持ちかけます。

賈充
賈充

諸葛誕、君も司馬昭様の仲間にならないか?

諸葛誕
諸葛誕

君こそ、賈逵の息子だろ? どうして司馬昭の味方なんてするんだ!

 諸葛誕はすげなく賈充の要請を断ります。

賈充
賈充

本当に諸葛誕は画に描いた餅です。綺麗事ばかりで内実が見えてない

空気を読んで欲しかったんだね

諸葛誕
諸葛誕

賈充を信用してたから、あんなこと言ったのに…

 諸葛誕の言葉を、賈充が司馬昭に報告。諸葛誕は洛陽に召還され、反乱を決意しました。

賈充
賈充

結果として、諸葛誕という不満分子を最小限で排除できました!

陳寿
陳寿

ちなみに諸葛誕の乱は、両軍で40万人の兵を動員した三国志最大規模の戦いです

全然、小さくないじゃん!

 その後、諸葛誕の乱は鎮圧。その功績で、賈充は中護軍に栄転します。

賈充
賈充

この時が、人生一番のピンチでしたね

何があったの?

曹髦弑逆!

 甘露5年(260年)5月7日、魏の皇帝曹髦そうぼうは、司馬昭に対して兵をあげました。

司馬昭
司馬昭

大変だ! 曹髦様が、僕を狙って挙兵したという知らせが入った

賈充
賈充

なんと! 皇帝陛下自らが…

司馬昭
司馬昭

幸い曹髦様の兵は少ない。すでに弟の司馬伷も、曹髦様の迎撃に向かっているが…

賈充
賈充

分かりました。私も司馬昭様を守ります

 皇帝曹髦の兵はわずか数百人でしたが、なんと先頭に立って戦っていたのは曹髦その人でした。

曹髦
曹髦

司馬伷! 舅の諸葛誕を討たれ、さらに皇帝である私に逆らうのか!?

司馬伷
司馬伷

…ダメだ。私に、皇帝陛下は討てない

 曹髦に叱責され、司馬伷しばちゅうは戦意を喪失。曹髦は司馬昭の屋敷に迫ります。

賈充
賈充

なんと…! 司馬伷様の軍を突破してきたのか

成倅
成倅

賈充様、我らもどうしましょう?!

成済
成済

司馬昭様の弟君ですら退散したのです。我らも逃げましょう!

愚か者! 我らのような者を、ずっと司馬昭様が養っているのは、こんな時のためだ。何者であろうと戦うぞ!

 南闕門で、曹髦と賈充は戦いになりますが…。

曹髦
曹髦

武器を捨てよ! 私の前に立ちふさがるものは全員斬る

成倅
成倅

賈充様、生け捕りにはできません!

賈充
賈充

やむをえん。ヤってしまえ! 

成済<br>
成済

こうなりゃ、やけくそだ!

 かくして賈充の指示で、太子舍人の成済せいせいの刃が曹髦を貫き、若き皇帝の命は奪われます。

 その時、天からは激しく雨が降り、雷が鳴り響いたと言われます。

賈充
賈充

このようにして、私は皇帝弑逆の汚名を受けることになったのです

なんて恐ろしい…。ちゃんと責任はとったんでしょう?

陳寿
陳寿

いえ…。この件で、実行犯の成済兄弟は処刑されますが、賈充はお咎めなしでした

賈充
賈充

まだ必要とされたという事ですね

これは本当にひどい話だ。部下だけ処分を受けて自分は助かるなんて…!

 命を懸けて司馬昭を守ったと思われ、賈充はより信任されます。

 魏の新たな皇帝曹奐そうかんが即位すると、賈充は散騎常侍の職などを与えられ、しれっと司馬昭の第一の側近となりました。

鍾会
鍾会

賈充のやつ、調子に乗りやがって! 俺の本気を見せてやる

 それまで司馬昭の第一の側近であった鍾会しょうかいは、蜀の国を侵攻計画を立案します。

 景元三年(262)鍾会が率いる魏軍は蜀の国に攻め入ります。

 この時、鍾会の別働隊であった鄧艾とうがいの軍が、期せずして蜀の都成都を陥落させましたが…。

賈充
賈充

司馬昭様、鍾会からの報告です。鄧艾殿が裏切ったという話ですが…

司馬昭
司馬昭

分かった。賈充、君は鄧艾を捕まえるために蜀へ向かってくれ

賈充
賈充

鍾会の話を信用されるのですか? 鄧艾殿が裏切るとは思えませんが…

司馬昭
司馬昭

僕はまず人のことを信用しようと思っている。鍾会の言葉を信用しないとすれば、君の言葉も信用できなくなってしまうだろ?

賈充
賈充

(つまり、鍾会を信用しないように、私のことも信用していないということか…)

 賈充が蜀に到着すると、鍾会の反乱とその失敗を知ります。

陳寿
陳寿

鍾会の反乱は失敗に終わりましたが…。鍾会が反乱を起こした理由の一つとして、魏の国でのモラルハザードが考えられますね

皇帝を弑逆しても、許されるくらいだもんねえ…

 蜀を滅亡させた司馬昭は晋王の位に就きますが、病に倒れました。

司馬昭
司馬昭

困ったら身内よりも賈充に頼みなさい

司馬炎
司馬炎

はい、わかりました

晋王朝での派閥抗争

 司馬昭の跡を継いだ司馬炎しばえんは、禅譲を受けて晋の国を建国します。

 賈充も、車騎将軍、散騎常侍、尚書僕射となり、さらに魯郡公に封じられます。

司馬炎
司馬炎

賈充、新しい国のために新しい法律を作ってくれ!

賈充
賈充

任せてください。法律は得意中の得意です!

 この時、賈充をプロジェクトリーダーとして、世界最初の律令である泰始律令が作られます。

陳寿
陳寿

この時の西晋の朝廷は、賈充を中心として回っていたと言っても過言ではありません

憎まれっ子世にはばかるって本当だね

賈充
賈充

いやいや、順風満帆というわけではないんですよ

 賈充は媚び諂うものを可愛がり、要職に推薦しました。そのため、真面目な人は、みんな賈充を嫌いました。

司馬炎
司馬炎

賈充、西方での反乱が収まらない。君が鎮圧してくれないか

賈充
賈充

は、はい!(…戦は苦手だな)

 禿髪樹機能とくはつじゅきのうの乱が起き、泰始6年(270年)賈充は都督秦涼二州諸軍事に任命されます。

陳寿
陳寿

これは政敵である任愷が、賈充を司馬炎から引き離すための作戦だったんですね

よっしゃ、よくやった、任愷!(知らん、おっさんだけど)

 これに対して賈充は自分の娘を皇太子に嫁がせ、洛陽に残れるように画策します。

 また、西晋の名将羊祜ようこからも司馬炎に対して忠告がありました。

羊祜
羊祜

賈充は戦争とか向いてないですよ

司馬炎
司馬炎

マジで?! そうだったんだ

 かくして賈充の涼州行きは立ち消えになります。

賈充
賈充

なんとか洛陽に残れた。羊祜、お前いい奴だったんだな!

羊祜
羊祜

どういう風に思ってたの、今まで…

 その後、賈充は司馬攸しばゆうの後継問題などで、兵権を奪われたりしました。

賈充
賈充

このように私の地位は盤石だったわけではないんです

そんなこと言ったら、みんなそうじゃん。マジで小心者だな…

呉を残したい3つの仮説

 咸寧5年(279年)鎮南将軍杜預とよは、司馬炎に呉の国の討伐を奏上します

杜預
杜預

呉の国で反乱が起きました。今こそ呉の征伐のチャンスです

 杜預の文書が届いた際、司馬炎は側近の張華ちょうかと囲碁を打っていました。

張華
張華

司馬炎様、私も今が呉を倒す好機と存じ上げます

 張華の言葉に、司馬炎も決意し、ついに呉を滅ぼすための軍を興します。

司馬炎
司馬炎

賈充を呉討伐の総司令官に任命する

賈充
賈充

お待ちください! 呉の討伐は時期尚早かと…

司馬炎
司馬炎

君が司令官にならないなら、私が自分で行くぞ。それでもよいか?

賈充
賈充

…わかりました。総司令官をお受けいたします

 賈充は呉の国の征伐軍の大都督に任命され、ついに呉の国との最終決戦が始まりました。

 戦いは順調に進み、晋軍は荊州の要所である武昌を制圧します。

 しかし、賈充は呉の都周辺を残す状況となっても、呉を滅ぼす事に反対し続けました。

賈充
賈充

今までは上手く行き過ぎただけです。ここからは大変なことになります。あとで張華を腰斬したところでどうにもなりませんよ!

司馬炎
司馬炎

ギャーギャーうるさい! あと一歩で呉は落ちるんだ!

 ほどなく、呉の皇帝孫晧そんこうは降伏。呉の国は滅亡しました。

ずっと戦争の邪魔ばっかりしてた…。やっぱり賄賂をもらってたの?

陳寿
陳寿

賄賂の証拠は出てませんね。はっきりした理由は分からないので、私が3つ仮説を立ててみました

お願いします

陳寿
陳寿

1 賈充は反征呉派だったので、杜預や張華といった征呉派が勢いをつけるのを恐れた

いや、そのために司馬炎は賈充を総司令官にしたんでしょ。呉を討伐できたら、賈充の功績にもなるのに、ぐずぐず反対するのはおかしいよ

陳寿
陳寿

2 呉という仮想敵国がなくなれば、国に緩みができる。呉を残しておいた方が、晋の国にとって良いと考えた

うーん、面白い考えではあるけど、賈充がそんな風に考えてるようには思えないよね

陳寿
陳寿

3 天下が統一されれば、すねに傷のある賈充は粛清されると考えた

あ。それだ! 絶対それですよ

賈充
賈充

狡兎死して走狗烹らると、古来より言われます。天下統一されたら、俺なんかいらないと考えても仕方ないじゃないですか

うわ、最悪…。開き直ってるじゃん!

陳寿
陳寿

まあ、真相はやぶの中です

 結局、賈充は呉を滅ぼした功績で、自分のみならず弟や親戚まで恩賞や領地などを賜りました。

 その後、太康3年(282年)賈充は亡くなります。66歳。

陳寿
陳寿

司馬炎は呉の皇帝孫晧を許すほどの甘い方ですから、賈充も最後まで権臣でいることができました

ああ、結局バチは当たらなかったのか

賈充
賈充

本当に司馬炎様は情け深い方でした

陳寿
陳寿

ただ、賈充の一族は次の代で全滅しますがね

え!

賈充
賈充

ええええ!!

陳寿
陳寿

賈充の一族が滅びるきっかけは、もちろん賈充のやった事と関係するのですが…。長くなったので、賈充の失策は次回に持ち越しです

やっぱり因果応報なんだ

賈充
賈充

いや、私は納得いかないですよ!

つづく。

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