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【李婉・郭槐】賈充の家庭問題が西晋の国を滅ぼす原因となった?【賈南風・賈荃・賈濬】

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 中国南北朝時代の詩集『玉台新詠ぎょくだいしんえい』より、賈充かじゅう李婉りえんの共作とされる『與妻李夫人連句詩三首』を超訳です。

賈充
賈充

馬鹿言ってんじゃないよ♪ 少しの別れだよ。ため息なんかつかずに笑ってくれよ♬

李婉
李婉

よく言うわ♪ もう二度と会えなくなるのよ。そんなことが分からないと思っているのね♬

賈充
賈充

体面上の離婚なんだ、大目に見てよ♪

李婉
李婉

時が来れば、あなたの心は変わってしまうわ♬

賈充
賈充

お前への気持ちは分かっているだろ♪

李婉
李婉

分からなかったから、別れることになったでしょうね♬

いきなり、なんですか。これは…。

陳寿
陳寿

これは西晋の重臣である賈充と元の妻である李婉の二人が詠んだとされる詩を、私なりに現代語訳したものです

 賈充:室中是阿誰 歎息聲正悲 (部屋の中で、どうしてため息をつくんだ?)

 李婉:歎息亦何爲 但恐大義虧 (あなたの心が離れるのを悲しんでいるのです)

 賈充:大義同膠漆 匪石心不移 (私の心は、決して離れることはない)

 李婉:人誰不慮終 日月有合離 (人の気持ちとは分からないものです)

 賈充:我心子所達 子心我亦知 (私の気持ちは、お前がよく知ってるだろう)

 李婉:若能不食言 與君同所宜 (わかっていたら、一緒に暮らせたでしょうね)

元の妻との詩…? 内容からすると賈充は未練たっぷりだけど、どういうこと?

陳寿
陳寿

その賈充の未練こそが、賈充の一族を滅亡させ、西晋の国を崩壊させます

未練が、国を崩壊させる! どういうこと?

陳寿<br>
陳寿

では、今回は賈充の二人の妻とその娘について紹介します

↑賈充の経歴については、こちらをご覧ください。

賈充と李婉(前妻)

 父の後を継ぎ、魏の国に仕えた賈充は、魏の高官である李豊りほうの娘である李婉を妻とします。

 李婉は賢く美人で性格も良かったため、賈充と仲睦まじい夫婦になり、二人の娘(賈荃・賈濬かせん かしゅん)にも恵まれました。

李婉、家族のためにも俺は偉くなるからな!

李婉
李婉

無理しないで。家族仲良く暮らせるのが一番よ

 嘉平6年(254年)李婉の父である李豊と、時の大将軍である司馬師しばしが対立してしまいます。

李豊
李豊

私は帝のご威光で動いている。私を断罪したいなら、司馬師、貴様こそが逆臣だ

司馬師
司馬師

舐めやがって、李豊…。こっちは覚悟ならできてんだよ!

 司馬師は李豊を自宅へ呼び出して断罪。さらに李豊の息子李韜りとうも自害させます。

 また、李豊一派である張緝・夏侯玄ちょうしゅう かこうげんも一族すべて粛清。魏の皇帝曹芳そうほうを退位させます。

司馬師
司馬師

賈充、忠誠の証しとして李豊の娘、李婉と別れろ。そうすれば李婉の命は助けてやる

賈充
賈充

李婉の命を奪わないと誓ってくれるなら…。異存はありません

司馬師
司馬師

安心しろ、俺は約束は破らん(俺にとって役立つ間は…)

 李豊の事件を受け、賈充と李婉はやむなく離婚。李婉は、楽浪郡(朝鮮半島!)に流罪になります。

賈充
賈充

いつか偉くなって、お前を迎えに行くからな!

李婉
李婉

私は大丈夫です。二人の娘のこと、よろしくお願いします

陳寿
陳寿

冒頭の歌のやり取りは、この時に交わされたものだと推察します

愛し合ってるのに、別れるのは悲しいね…

賈充と郭槐(後妻)

 李婉と別れた賈充に対し、結婚話が舞い込みます。

司馬昭
司馬昭

賈充が男やもめで可哀そうだ。郭淮の姪っ子郭槐を嫁がせよう!

司馬師
司馬師

郭槐を…? お前、悪い奴だなw

 甘露2年(257年)賈充は、司馬派の武将郭淮かくわいの姪である郭槐かくかいと再婚します。

 数年後、二人の間に長男が生まれますが…。

賈充
賈充

(風の噂で、李婉は元気という話だが…。生活に困っていなければいいが)

郭槐
郭槐

あなた! 何を考えているのですか

賈充
賈充

いや、すまん。ちょっとボーっとしていただけだ

郭槐
郭槐

(あの人の心は私にない…。きっと浮気をしてるに違いない!

 残念ながら賈充の郭槐への愛情の深さが、李婉と同じにはならなかったと思われます。

乳母
乳母

賈充様、坊ちゃまがしゃべれるようになりましたよ

賈黎民
賈黎民

おとうちゃま、だっこ、だっこ…

賈充
賈充

おお、また大きくなったな。毎日よく見てくれて、ありがとう!

郭槐
郭槐

あの乳母が、浮気相手に違いない…!!

 郭槐が息子の乳母と賈充との浮気を疑い、乳母は鞭で打たれて亡くなってしまいました。

陳寿
陳寿

面倒を見てくれた乳母が、郭槐によっていなくなり、賈充の息子もミルクを飲まなくなって亡くなってしまいます

なんてこった!

陳寿
陳寿

賈充と郭槐の結婚は、賈充の出世には役立ったのですが…。100%の愛情を受けたいと願う郭槐の思いに、賈充は答えられなかったようですね

郭槐は情が強い女性だったんだね

 長男賈黎民かれいみんの没後、賈充と郭槐には二人の娘(賈南風・賈午かなんぷう かご)が育ちますが、後継ぎになる男の子に恵まれませんでした。(もう一人同じ理由で亡くなったという話もあります)

李婉の大赦

 その後、司馬師の弟司馬昭しばしょうに仕えた賈充は、諸葛誕しょかつたんの乱の平定、皇帝曹髦そうぼうのクーデター、鍾会しょうかいの乱の後片付けを行って、どんどん出世していきます。

司馬昭
司馬昭

賈充、うちの息子の司馬攸に、君の娘の賈荃を嫁入りさせたいんだが…

賈充
賈充

司馬攸様の妻に、うちの賈荃を? それはもったいないお話で…!

 司馬攸しばゆうは司馬昭の三男で、後継者候補の一人でした。この結婚により、賈充は司馬家の親戚になることができましたが…。

賈荃
賈荃

司馬攸様、私の母の李婉は罪を得て、いまだに流罪のままなのです

司馬攸
司馬攸

それは可哀そうだ。私から働きかけてみよう

 司馬攸に嫁いだ賈荃(李婉の娘)が、母の赦免を願い出ました。

 そして司馬昭が亡くなり、長男司馬炎しばえんが即位して晋の国ができると、大赦が行われます。

司馬炎
司馬炎

賈充、特例として正妻を二人持つことを許す! 李婉を迎えに行ってやりなさい

賈充
賈充

なんと! それはありがたいお話…

郭槐
郭槐

あなた、今さら前の女をウチに入れるつもり? 誰のおかげで今の地位につけたと思ってるの!

賈充
賈充

こ、この家は郭槐、お前のものだ。ほかの者は入れないよ…

 大赦で李婉は流刑地から戻りましたが、郭槐の反対により、李婉は洛陽郊外の別宅に住むこととなりました。

一緒に住めなくても近くに住むようになったから、これで元の奥さんの李婉に会えるようになったね

賈充
賈充

いや、私は人の上に立つ身…。李婉に会いに行くことはできん

今の奥さんが怖いだけじゃ…

賈充
賈充

違う! 私みたいな人間が多かったから、模範にならないといけないんだ

陳寿
陳寿

理由はともあれ、賈充が李婉に会いに行くことはありませんでした

 そんな折り、異民族の大規模な反乱が起き、賈充が討伐の大将に任命されます

賈荃
賈荃

お父様が蛮族討伐の大将になってしまったわ…

賈濬
賈濬

お姉様、万が一ということもあるわ。今のうちにお母様とお父様を会わせなきゃ!

 李婉の娘である長女の賈荃と次女の賈濬は、来客の前で、李婉との面会を賈充に申し入れました。

賈濬
賈濬

お父様、私たちのお母さまを、家に呼び戻してください!

賈荃
賈荃

お母様も、お父様をきっと待っております! どうか、どうか…!

賈充
賈充

待て待て、賈荃! お前はもう司馬攸様の妃なんだ! 私に頭を下げるんじゃない

 賈荃と賈濬の懇願に、周囲にいた人は目を逸らしたと言われます。

 皇族の権威失墜にもなりかねない行為に、皇帝司馬炎も口を出さざる得ませんでした。

司馬炎
司馬炎

そんなに揉めるなら、李婉は賈充の家に戻ることを禁ずる!!

賈荃
賈荃

なんと、ご無体な…

 司馬炎により李婉の帰家を止められると、賈荃はショックで亡くなってしまいました。

そんなに今の奥さんが怖かったんだね…

賈充
賈充

だから、違うといってるでしょうが!

李婉(前妻)vs郭槐(後妻)

 この時、賈充も政局で頭を悩ませていました。

賈充
賈充

蛮族討伐の大将にさせられてしまった…。まるで、うまく行く気がしない

荀勗
荀勗

皇太子の妃に賈充様の娘を擁立しましょう。そうすれば、洛陽を離れることはないはずです

賈充
賈充

娘を皇太子妃に…! 大丈夫か? うちの娘は評判悪いぞ

荀勗
荀勗

お任せください。賈充様が舅になるメリットで、司馬炎様を説得します

 この頃、皇太子である司馬炎の長男の司馬衷しばちゅうよりも、司馬炎の弟の司馬攸の方が人気でした。

 息子を応援したい司馬炎としては、司馬攸の妻の父である賈充が、司馬衷の妻の父にもなることで、両者のパワーバランスを逆転させる狙いがあったと思われます。

 はじめ、四女の賈午が皇太子妃候補になりましたが、幼すぎたために三女の賈南風に決定しました。

陳寿
陳寿

このようにして、賈充と郭槐の娘、賈南風が皇太子妃になりました

この絵ひどい! 悪意しか感じないよ

陳寿
陳寿

賈南風は、話すことが多すぎますね…。後々、政治を牛耳って、みんなから嫌われたとだけ言っておきましょう

娘の悪名も、賈充の悪名にプラスされたのかもね…

 かくして、娘が皇太子妃となり、李婉の帰家を阻んだ郭槐は、完全勝利に酔いしれました。

郭槐
郭槐

一度、李婉さんにご挨拶しなきゃね。近くに住んでるのに、会わないのも変だわ

賈充
賈充

そういうマウンティングみたいなのは、やめた方がいいぞ

 郭槐は派手に着飾り、多くのお供を連れて、李婉の住む永年里に向かいました。

 ところが、仰々しくやってきた郭槐を、李婉は玄関で単身で出迎えます。

李婉
李婉

どうも、初めまして。私、賈充の妻の李婉と申します

郭槐
郭槐

こ、こちらこそ突然きて、すみません…。私、郭槐と申します

 李婉の堂々とした態度に、郭槐はひざを曲げて何度もお辞儀してしまいました。

郭槐
郭槐

何なのよ、あの女! 普通、こういう状況はもっとビビるでしょ

賈充
賈充

だから、行くなって言ったのに…

 これ以降、郭槐は出かける際、李婉がいないかどうかを調べさせてから出かけたそうです。

陳寿
陳寿

辺境で十年以上苦労した李婉と、わがまま育ちの郭槐とでは、人としてのレベルが違ったということですね

女の戦いは難しいね…

賈充の娘(賈南風と賈濬)

 太康3年(282年)賈充が亡くなります。

 結局、賈充と李婉が再会することはありませんでした。

あれだけ愛し合ってたのに、賈充と李婉は再会できなくてよかったのかな…

賈充
賈充

会えずとも、李婉と同じ空の下で生きたのだ。私は、それで十分!

李婉
李婉

夫婦の愛の形とは、いろんな形があるものです

郭槐
郭槐

それがビンビンに伝わってくるから、私はムカついてんのよ! わかってる、アンタたち!!

 その後、李婉が亡くなり、元康6年(296年)郭槐も亡くなりました。

賈充、李婉、郭槐の三人とも亡くなって、これで妙な三角関係も終わりだね

陳寿
陳寿

何言ってるんですか? ここからが本題ですよ

 李婉の娘賈濬は、賈充と李婉を一緒の墓に入れるようにお願いしました。

賈濬
賈濬

二人は夫婦だったのだから、一緒のお墓に入るべきよ!

賈南風
賈南風

父の妻は私の母郭槐だけよ! 犯罪者の娘に入る隙間なんてないわ

 皇太子妃となった賈南風は、この請願を一蹴します。

陳寿
陳寿

李婉と郭槐の因縁は、娘たちの戦いに発展してしまうのです

なんですと!

 その後、皇帝の妻になった賈南風と、斉王司馬冏しばけい(司馬攸と賈荃の子)の叔母である賈濬とが対立します。

賈濬
賈濬

こうなったら、ヤっちゃえー!

賈南風
賈南風

く…。油断したわ、この私が

 結局、司馬冏も参加した八王の乱が起き、賈南風は皇后を廃位され、亡くなります。(賈南風は司馬冏を警戒しすぎて、別な人間にクーデターを起こされました)

 賈濬によって、賈充と李婉は一緒の墓に入ることができましたが…。

賈濬
賈濬

お母様、ついにお父様と一緒になることができましたね

李婉
李婉

貴方の気持ちはすごくありがたいんだけど…

賈充
賈充

もう少し平和的な方法はなかったものか…

 その後の戦乱により、賈濬や司馬冏も亡くなり、賈充の血統は絶えてしまいました。

陳寿
陳寿

賈充の姉妹がもっと仲良くしていれば、歴史は変わったかもしれないのですが…

いや、これは解決不可能だったんじゃないかな

陳寿
陳寿

ちなみに賈充はこの他にも、自由な恋愛を楽しむ四女賈午や、世間に笑いものにされた母の柳氏など、多くの個性的な女性に囲まれています

家庭での賈充(イメージ)

職場で威張ってる人って、家庭が大変って本当なんだな…。ちょっと賈充に同情したよ

↓賈南風姉妹の短編が掲載されています!

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 つづく。

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