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【二十四孝】晋家臣筆頭で琅邪王氏の祖、王祥と継母の秘密とは?

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 正史『晋書』列伝のはじめは、名だたる英雄たちを抑えて、王祥おうしょうという文官です。

 王祥は、魏王朝と晋王朝に仕え、太保たいほという人臣の最高位にまで昇っています。

 王祥の弟の王覧おうらんの孫が、東晋の初代丞相の王導おうどうです。そのため、魏晋南北朝における琅邪ろうや王氏隆盛の祖とも呼ばれています。

 また、王祥は『二十四孝にじゅうしこう』の一人として、親孝行で有名です。

でも、王祥様の親孝行は少しあやしいよね

何があやしいのさ。すごい逸話じゃないか

新解釈・三國志 -異聞-
劉備が諸葛亮孔明を軍師に迎える際に三度訪ねたとする有名な故事。果たしてこの故事はどのようにして生まれたのか。劉備 (大泉洋)、関羽 (橋本さとし)、張飛 (高橋努) による綿密な打ち合わせが、思わぬ方向に…。

二十四孝・王祥の親孝行逸話

 王祥は実の母を亡くし、父親は後妻を娶りました。

氷の中の魚を捕れ!

 ところが、この継母の朱子は鬼のような女で、真冬のある日。

朱子
朱子

ああ、今日あたしゃ生魚が食べたいよ! 生魚じゃなきゃやだよ!

王祥
王祥

ええ! 川も凍ってますが…

朱子
朱子

親の言うことが聞けないってのかい!

王祥
王祥

いえ、頑張ります…!

 しかし、虚仮の一念、岩をも通す。

 王祥は、衣服を脱ぐと体温で川の氷を溶かし、見事二匹の魚をゲットしました。

リンゴの木を守れ!

朱子
朱子

このリンゴおいしいねえ。絶対このリンゴの木は守ってよ!

王祥
王祥

明日、大嵐が来るという話ですが…

朱子
朱子

お前が支えてやりゃいいだけだろ!

王祥
王祥

は、はい! わかりました

 それから王祥は嵐になりますと、リンゴの木を抱きしめて風雨から守ったのです。

私の酒(毒)を飲め!

 それだけ親孝行しても、朱子は我が子の王覧に跡を継がせるために、王祥を毒殺しようとしました。

朱子
朱子

今日は一緒に酒でも飲もうかねえ

王祥
王祥

はい、ありがとうございます

 ですが、朱子の子で、王祥の弟である王覧は、酒に毒が入っていることを見破りました。

朱子
朱子

さあ、あたしの酌だよ。必ず飲むんだよ!

王覧
王覧

おかあさん、そのお酒、僕が飲むよ!!

朱子
朱子

あんたが飲んだら駄目なんだよ! こら、飲むなったら!!

王祥
王祥

弟よ。母上の言うことは、きちんと聞きなさい

王覧
王覧

あ、お酒こぼれちゃった。ごめんごめん

 かくして王覧の機転により、王祥は命の危機を救われたのです。

 その後、父親と伯父が亡くなったため、王祥は朱子と王覧を連れて長江北岸の廬江に避難しました。

 そこで数十年間も親孝行し続け、朱子が亡くなった後に王祥は官途に就きました。

【年齢差】王祥は本当に親孝行か?

いろいろ調べた結果、面白いことが分かったんだよ

いやな予感がするよ

 王祥の没年:泰始4年(268)85歳で逝去。

 逆算して、王祥の誕生年:光和3年(184)。

 王覧の没年:咸寧4年(278)73歳で逝去。

 逆算して、王覧の誕生年:建安11年(206)。

 数え年なので、生まれた年が1歳です。

見てごらん。兄弟だけど、二十歳以上の差があるのさ

本当だ! 親子ぐらい違うんだ

逝去した日や、亡くなった年齢に誤差があるかもしれないけれど…

でも、そう大きくは変わらない…

 ちなみに、ウィキペディアで王祥は、185年生まれとなっています。

ここで問題になるのは、継母の朱子の年齢なんだ

普通に考えたら、この時代、二十代に子供を出産しているから…

 以下、新解釈を話します。もし王祥が好きという奇特な方は、見ないでください。

【新解釈】二十四孝・王祥の逸話

 後漢末、王祥は、琅邪王氏の王融おうゆうの子として生まれました。

 王祥の母が亡くなり、王祥が二十歳の頃、父の王融は若い妻の朱氏を娶ります。

朱子
朱子

今日からあなたの母になります。よろしくね

王祥
王祥

なんと美しい! 女神のようだ!!

 ほとんど年の変わらない継母の登場に、王祥(おそらく童貞)は心をわしづかみにされてしまいました。

朱子
朱子

ちょっと、王祥殿が私を見る目が普通じゃなかったかも…

王融
王融

年頃だからな。気にしないでくれ

 今も昔も継母と継子の恋愛はタブーです。

 そこで朱氏は、わざと冷たい態度をとって、王祥の求愛を避けることにしました。

氷の中の魚を捕れ!

 真冬のある日。

朱子
朱子

ああ、今日私、生魚が食べたい! 生魚じゃなきゃイヤ!

王祥
王祥

わかりました、頑張ります!

 ここで王祥は無類の童貞力を発揮。

 衣服を脱ぐと体温で川の氷を溶かし、見事二匹の魚をゲットしました。

朱子
朱子

え、本当に魚を取ってきたの??

王祥
王祥

はい! 母上のため、頑張りました!

リンゴの木を守れ!

朱子
朱子

このリンゴおいしいね。来年もこのリンゴは食べたいわ

王祥
王祥

はい、わかりました!

 それから、王祥は嵐になりますと、リンゴの木を抱きしめて風雨から守ったのです。

朱子
朱子

え、嵐の日にリンゴの木を守ったの??

王祥
王祥

はい。母上がこのリンゴがお好きでしたので、喜んで守りました!

 その後も、捕まえるのが難しい黄雀を捕まえて朱子に食べさせたり、朱子が病気になったときも服も着替えずに看病して、好感度をどんどん上昇させました。

朱子
朱子

あんた、見かけよりやるじゃない

王祥
王祥

いえ、母上への愛が私に力をくれるのです

朱子
朱子

…じゃあ、二人で地獄に落ちることもできるかしら?

王祥
王祥

もちろん。喜んで…!

 かくして二人は道ならぬ恋に落ちました。

 数年後、朱子は王覧を生みます。

私の酒(毒)を飲め!

 ですが、朱子と王祥の恋愛は、決して報われない関係でした。

王融
王融

ははは、王覧は私に似て、かわいくて賢いな!

朱子
朱子

そ、そうね。あなたにも似てるわね…

 思い余った朱子は、王祥と心中することを決意します。

朱子
朱子

いつまでも、こんな関係はダメ。終わりにしましょ…

王祥
王祥

朱子殿がそうおっしゃるならば…

朱子
朱子

この酒、一気に飲むのよ! 私もすぐに飲むから!

 ですが、朱子の子の王覧は、酒に毒が入っていることを見破り、母が兄を毒殺しようとしていると判断しました。

王覧
王覧

おかあさん、そのお酒、僕が飲むよ!!

朱子
朱子

あんたが飲んだらダメなのよ! こら、飲んじゃダメだったら!!

王祥
王祥

弟よ。母上の言うことは、きちんと聞きなさい

王覧
王覧

あ、お酒こぼれちゃった。ごめんごめん

 王覧が寝静まった後、朱子と王祥は安易に心中しようとしたことを反省しました。

朱子
朱子

王覧には、まだ母親が必要だわ。それに、父親もね

王祥
王祥

では、朱子殿。私に妙案があります

朱子
朱子

いったい、どうするの?

王祥
王祥

三人で逃げるのです。戦乱のために避難したといえば、皆、納得してくれるでしょう

 かくして、王祥と朱子とその子の王覧は琅邪郡を捨て、朱子の故郷の廬江郡へ手を取り合って逃亡したのでした。

王融
王融

妻と息子が駆け落ちしたなんて、誰にも言えない!

 父親の王融は、王祥と朱子の行動を黙認し、琅邪郡で亡くなりました。

 そして数十年にわたって、王祥と朱子は秘められた愛を育みました。

 途中、カモフラージュのため、王祥は妻を娶りましたが…。

朱子
朱子

私というものがありながら! この浮気者!!

王祥
王祥

違うのです、朱子殿! わかってください!!

 朱子は、王祥とその妻を、たびたび鞭で叩いたのでした。

 しかし、王祥と朱氏の甘い生活も、朱子の死で幕を閉じます。

王祥
王祥

朱子殿がいなくなるなど! 太陽が消えたかのようだ!!

朱子
朱子

王祥、悲しまないで。あなたは、もっとできることがあるはずよ…

 朱子が亡くなり、喪に服するようになると、王祥は身体が痩せ細り、杖をつかないと歩けないほど衰弱してしまいました…。

 とさ!

という妄想なんだけど、どうかな?

妄想が過ぎるよ!!

王祥と三公の剣(その後の王祥)

 朱氏を看取った王祥に、継母に対して素晴らしく親孝行な男がいるという評判が立ちました。

 評判を聞きつけた魏の徐州刺史呂虔りょけんは、王祥に別駕べつが(州長官の副官)になってほしいと頼みます。

呂虔
呂虔

今、徐州は荒れ果てている。王祥殿に力を貸してほしい

王覧
王覧

兄上のおちからを今こそ見せるべき時です

王祥
王祥

わかりました。微力ながら、お仕えいたします

 地元(琅邪郡)の人脈を生かし、王祥は能力を発揮。海に川に跋扈していた盗賊や反乱軍を鎮圧しました。

 ついには「海や川が平和なのは、王祥様のおかげ! 徐州に人がいるのも、王祥様のおかげ!」とまで言われるのでした。

呂虔
呂虔

王祥はやる気にさせれば、もっと伸びるかも…

 王祥の上司呂虔は一計を案じます。

呂虔
呂虔

この剣は持っていると三公(大臣)になれるという。とても私では扱えない、君にあげよう

王祥
王祥

なんと! 期待に答えられるように頑張ります

 その後、呂虔に推薦され、王祥は温県の県令になりました。

 呂虔の見立て通り、王祥はどんどん出世し、大司農(農業長官)、司隸校尉(首都長官)、三老(皇帝の教師)と昇進を重ねていきます。

 しかし、仕えていた皇帝曹髦そうぼうが、司馬昭しばしょうに殺害されるという大事件が勃発。

王祥
王祥

私が至らぬせいでこんなことに…

 この時、王祥は人目もはばらずに、鼻水まで垂らして泣いたと言われます。

 そんなことがあっても、王祥は三公の司空、さらに三公の頂点である大尉にまで昇進しました。

 しかし、皇帝をも上回る権力を持っていた司馬昭が晋王の位に就いた際…。

王祥
王祥

私は三公である大尉です。司馬昭殿は私より少し偉いだけなのですから、皇帝陛下と同じような拝礼はできません!

 百官が拝礼する中、王祥のみ司馬昭に略式の礼を行い、周囲を慌てさせます。

賈充
賈充

王祥の行為は看過すべきではないかと…

司馬昭
司馬昭

いや、王祥は礼というものを大切にしているだけだ。むしろ、僕のために言ってくれているんだよ

 司馬昭のポジティブ思考に助けられ、大きな問題にはなりませんでした。

 その後、司馬昭の子司馬炎しばえんが魏王朝を廃して、晋王朝を興して皇帝に即位しました。

 王祥は、太保という三公の上の地位を与えられますが…。

王祥
王祥

そろそろ、引退しようと思います

司馬炎
司馬炎

いや、まだまだ王祥には頑張ってほしい!

 何とか引退を許されますが、爵位と俸禄はそのままで、地位も三公より上とされました。

 その後、ついに命の灯火が消えようとした時、子供たちに遺言を残します。

王祥
王祥

私が死んでも、喪も葬式も、決まった通りで十分だ。くれぐれも、私の真似をするんじゃないぞ

 そして、弟の王覧には『三公の剣』を与えます。

王祥
王祥

朱子殿の血を継いだ、そなたの家系がきっと繁栄する。持てば三公になれる不思議な剣は、そなたに与えよう

王覧
王覧

兄上…。そんな大事なものを私に!

 王祥の予言通り、王覧の孫の王導が東晋の丞相になります。

 そして王覧の家系は、晋が滅んだ後も栄え続けたのでした。

最期のエピソードを見ても、王祥様が誰を大事に思っていたか、誰を愛していたか、よくわかると思うんだ

確かに…。普通、自分の子供に与えるもんね

まあ、僕は、王覧が王祥の息子だと思っているんだけど…

僕は、プラトニックだったと思うよ!

 つづく。

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